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泌尿器科

前立腺癌と前立腺癌マーカーであるPSAの不思議

早期前立腺がん、手術しなくても死亡率に差なし
読売新聞 平成24年8月17日発行
検診で見つかった早期の前立腺がんは、手術をしても手術をせずに経過観察しても死亡率に差がないとの調査結果を米ミネソタ大学などのグループがまとめ、米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表した。前立腺がん検診は、前立腺で作られて、がんになると血中にもれるたんぱく質「PSA」の量を調べる。無症状の小さながんを見つけることができるが、すぐに進行せず、寿命に影響しないがんも多い。手術によって性機能が失われるなどの不利益もあり、すぐに手術すべきかどうか世界で議論になっている。研究グループは、1994年から2002年にPSA検診でがんが疑われ、転移のない前立腺がんが見つかった患者731人を、手術群と経過観察群に分けて10年1月まで追跡した。経過観察群も症状が悪化したケースは手術した。その結果、全死因を含めた死亡率は手術群が47・0%、経過観察群が49・9%と、統計的に意味のある差はなかった。前立腺がんに限った死亡率も5・8%と8・4%で有意な差はなかった。ただ、PSA値が10以上と高かった人に限れば、手術で死亡率が有意に低下した。国立がん研究センターの浜島ちさと室長は「北欧の研究では早期でも手術の有効性が出ていたが、PSA検診が普及し、より早期のがんが見つかる米国では有効性は確認できなかった。医師は患者に様々な研究結果があることを伝え、治療法選択の判断材料にするべきだ」と話している。

平成24年8月にこのような新聞報道があり「癌なのに治療をしてもしなくても変わらないの?」とよく聞かれます。
また、前立腺癌のマーカーであるPSAについても「PSAが高いのに癌の心配はないと言われたけど本当?」と相談をうけます。

さて質問です。○か×でお答えください。

質問@ 治療しなくていい前立腺癌がある
質問A 前立腺癌のマーカーであるPSAは正常前立腺細胞で作られている

どちらも×と答えそうですが、正解は○です。

まずは”前立腺癌の不思議”です。
「癌なのに大丈夫?」と気になりますが、前立腺癌には他の癌と違って20-30年かかって2倍程度の大きさになる進行がゆっくりのタイプもあります。つまり70歳頃にこのタイプが見つかっても症状が出るのが100歳頃なら副作用のある治療は必要ないと考えられます。現実に他の病気で亡くなられた方の前立腺を調べると20%に前立腺癌が認められるとの報告があります。前立腺癌があっても高齢になり他の病気で死亡するため生存期間に差がないとの検討結果から新聞報道がされています。

2010年米国男性患者での癌罹患率と死亡原因

しかし一方で、上の図で示すように、米国で男性に発生するがんで最も多いのは前立腺癌であり、男性が癌で死亡する原因の第2位が前立腺癌であるという事実があります。日本でも生活環境が欧米化していることから、2025年には前立腺癌が男性に発生する癌の第1位になると推定されています。つまり、命に係わる悪性度の高いタイプから無治療で経過を見ていて大丈夫なタイプまで存在します。ですから、前立腺癌がPSA検査で早期に発見される事は大切であり、見つかった癌がどのようなタイプで進展度や年齢・性格などから治療が必要かどうかを専門医が的確に判断することが求められます。

次に”前立腺癌のマーカーであるPSAの不思議”です。

悪性腫瘍から高い特異性をもって産生されるが、正常細胞や良質疾患ではほとんどみられない物質。
それらの血中濃度や尿中濃度を調べることで腫瘍の有無や場所の診断に用いられる。(大辞泉から)

上に示したのが腫瘍マーカーの定義です。悪性腫瘍から産生され、正常細胞ではみられない物質と定義されています。しかしPSAは、”前立腺特異抗原”が正式名称で、前立腺正常細胞が産出し、精液内に分泌されて精液を液化する酵素です。前立腺癌の細胞も産生しますが、正常前立腺細胞が主に産生しています。ですからPSAは一般的な腫瘍マーカーの定義にはあてはまっていません。早期の前立腺癌で採血でのPSAが上昇する理由として、元来精液に分泌されるのが前立腺癌により組織構造が破壊されて血液に漏れてくるためと考えられています。

正常細胞が産生するので、前立腺肥大症があれば高い値を示すことがありますし、前立腺炎などで組織構造が障害されると同じように高い値を示します。また逆に、前立腺癌による組織障害が少なければPSAが上昇しないことがあります。

これらから、PSAが正常より高くて組織検査しても癌が見つかるのが30-40%とする報告や、PSAが正常範囲であっても15%で癌が見つかるとの報告もあります。このように前立腺癌細胞のみがPSAを産生しているわけではないので、検査値が高くてもすぐに落胆することはありません。前立腺の大きさ・炎症の有無・MRIなどの画像検査で評価し、癌の疑いがあれば組織検査を考慮すれば良いわけです。

ただ、ここでもう一つ問題があります。右に示したのが前立腺の組織採取の仕方ですが、肛門からエコーの器械を挿入し、針で組織を採取します。画像をみながら組織を採取しますが、内視鏡での 組織採取なら疑わしい部位から確実に取れますが、前立腺の場合は、疑わしいところも含めてランダムに 12-14ヵ所組織を採取します。なので、針が通らなかった所に癌がある可能性は否定できません。だから ”大きな癌はないが絶対大丈夫とは言い切れない”という説明になり患者さんにとっては釈然としない思いが 残ると思います。また、麻酔が必要で、肛門出血や血尿などの合併症がおこる侵襲的な検査と言えます。 当院でも1泊2日の入院検査で、安易に勧める検査ではないと考えています。

前立腺の組織採取の仕方

  1. @治療を必要としない前立腺癌がある
  2. A前立腺癌がなくてもPSAが高い場合がある
  3. B組織診断しても”大丈夫”との確定診断にはならない

これらから私の知っている有名な病理学の先生は”75歳をこえたらPSA検査は受けない”と宣言され実行されています。また、精神的な不安によるストレスを感じるよりはできる限りの検査を希望される心療内科の先生も知っています。

読売新聞の記事でも発言されている浜島ちさと先生は、
”医療従事者のサポートと正しい情報提供のもとで、検査・治療の協同意思決定をするshared decision making(個人の価値観による選択)が大切”と言われています。

前立腺癌では、PSA検査を受けるかどうか・組織検査を受けるかどうか・積極的な治療を受けるかどうかに関して正しい情報(さまざまな研究結果)を提供し個人の価値観を尊重しながら相談をする事が重要です。正しい情報を提示せず、むやみに怖がらせて検査や手術をすすめるのはもってのほかです。他の癌と違って前立腺癌にはこのような”不思議”があるので、セカンドオピニオンを活用し自分の価値観に合う病院を探してください。

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